いつまでも記憶に残っているのは、剥がれ落ちた壁の奥深くまで染みついた古い油の臭い。階段を上るごとに大きくなる、訛ったフランス語に混ざって聞こえてくるアラビア語。曇った窓ガラスから差し込む午後の弱い光。アフリカの伝統服ブーブーの裾をゆったりとなびかせながら廊下を行き来する男たち。甘い香りをたてるミントティーを注ぐ、しなやかな手つき。
 ここはパリ13区の外れにある公営寮。フランスには、半官半民で運営される低所得者層向けの住宅施設がある。始まりは1950年代に増加したアルジェリアからの移民に対する住宅対策だったが、今も住民の多くは仕事を求めてくるアルジェリアやモロッコの北アフリカ系の人、セネガル、マリ、モーリタニアなどの西アフリカ系の人たちだ。築30年以上の8階建てに400人以上が住み、部屋は3人の相部屋、各階に2カ所共同のトイレとシャワーがある。25年以上ここに住みながら働いて故郷の家族に仕送りをしているひと、先にフランスに来た兄弟を頼って来て間もない若者など、20代から70代の男たちが共同生活を送っている。
 まだ若いムッサは、今週は僕が食事当番なんだと、台所で大きな鍋をかきまぜている。トラオリ氏は、定年してとうとう来週故郷に帰るんだ、向こうには家を3軒も建てたよと、満足そうにパイプを吹かす。ハート形に切り取った奥さんの写真をベッドの横に貼り、毎晩遠く離れた家族に電話をかけるのはエンダウ氏。俺のクニの政治はだめだけれど、人びとはみんな活き活きしている。もてなしの心遣い、ゆっくり流れる時間、家族や近所のひととの助け合い、そういうものはすごく大事だと思うけれど、パリでは見られない。フランスで好きなところは自分がやりたいことを優先できること。仕事があるなら次はニューヨークへ行ってみたいと語る、20代のマイガ。
 ここで写真を写し始めた頃、周りの人から、写真を撮るのは難しい場所だと思うよ、彼らとどうコミュニケーションをとるの?、万が一の危険もあるかもしれない、といったことを言われた。けれども、そう言った人たちは、「彼ら」についてどれだけのことを知っていただろう。写真家ダイアン・アーバスは「カメラはパスポートのようなもの」と言っていた。まだ見ぬあの人に、あの場所に、出会いにゆき、あなたとわたしとして向き合うことを、カメラは可能にしてくれる。

(『世界』(岩波書店) 2008年10月号掲載文)